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うたかた日誌

好きに、書いてます。

ひと言集'15

33歳は、何となく良い数字だし、勝手に自分の中で0歳と過程して、明日から1歳になるイメージ。それぐらい自身で行っている事、やり直している。最近、体がキンキンに冷える季節でも無いので、シャワーで済ませていたが、久々に自宅の浴槽に湯を張って入った。明日に向けて、今日までの一年の汚れを落とそうだなんて、年末にもひとり銭湯に行って、一年の垢を落とそうとしたりと、そういうの結構、好きみたいだ。(7月6日)


「こちら、使わない物であれば譲っていただきたいです。」なんて聞く勇気も無かったけれど、無くなったと思い込んでいたグレーチングが、大量に刈られた草に埋もれて、隠れていただけだった事に、今更気付くなんて。無くても暮らしていけるし、困ってないから、そっとして置く事にした。(6月20日)

大分、ご無沙汰の記録。明後日から関東方面のツアーだというのに、先日のいわきでのライブ会場にCD物販を全て置いて帰ってしまっていた始末。少し前の猪苗代では、ミキサーの電源を忘れて帰宅。頼んで、戻って来たが、もれなく椅子も忘れて帰って来たようで、気づくのが遅く、それは戻らず。余りに忘れ物が多い私に、いつか重大なことをやらかすのではないかと、恐れる村重さん。忘れ物せずに帰って来ることを含め、関東ツアーがんばるぞ!(6月3日)

刈られてしまったツルニチニチソウ。でも、おじさんは悪くない。仕事だからね。(4月30日)

海辺をたくさん走った車。ドアを閉めるたびに、錆がボロボロ落ちてくる。高速道路を走ったらドアがとれてしまいそうだ。でも、もらったものだから大切な車だ。そんなこんなで乗り換える時が迫って来ている。(4月29日)

猫も私も食べる量が減って来ている。春が来た!(4月4日)

今年も飯坂の湯に、浸かること無く帰って来た。イベントの翌朝、村重さんは眠いところを温泉に入らせてくれようと飯坂の町の中、車を走らせてくれたが、着いた先は、なんと足湯。切ない気持ちになる。その何日か後、仲間たちといわきの湯本温泉へ入りに行くことになり、飯坂の分まで取り戻して来た。本当にいい〜湯だ!(4月2日)

シャワーを浴びている途中に、お湯が水に変わると当然寒い。またやってしまった!灯油を入れるのを忘れている。泡のまま、浴室を出る。これで何度目だろうか。(3月23日)

枯らしてしまった。部屋の空気を綺麗にするという植物をいただいて、水やりは欠かさずに、共に過ごしてきた。最近は、家のことに時間をかけず、自分の時間ばかり優先していた。随分、無理させてしまっていたようだ。ごめんなさい、植物さん。(3月18日)

今年も顔を出した蔓日日草(ツルニチニチソウ)が、玄関先で揺れている。まだ寒いけれど、一足先に咲くなんて、きっと強いんだろう。なぜこの色に選ばれたのかな。花言葉は”優しい思いで”。繁栄、幸福をもたらす意味では”大地のよろこび”、”魔女のすみれ”などと呼ばれ、それと裏腹に、イタリアでは亡くなった子供をこのツルニチニチソウで飾ることから”死の花”とも呼ぶらしい。とにかく見ていて綺麗なので、それで十分だ。(3月16日)

それは突然姿を消した。私はあの子供たちと何ら変わらないことをしているのは知っている。ちゃんと使い道があったのならそれが一番だ。さようなら、グレーチング。(3月14日)

私は狙っている。隣の建設業者の土場の隅っこに転がっているグレーチングを。ずっとそのまま置いてあるし、使わないのではないか。でもゴミには見えないし、使うチャンスを待っているのか。玄関の前にある側溝にかぶせたらきっとちょうどいいサイズだ。だから私は狙っている。作業員のおじさんが来たらさり気なく聞いてみるのだ!(3月4日)

サクッと更新していきたいと思っていたわりには、なかなか出来ていなかった自分のページ。遂に”コラム”という形にリニューアル。やっとこの辺で落ち着きそう、と言いつつ完成ではないことを自分に言っておこう。コロコロ変えてホントごめんなさい!という気持ち。(2月18日)

この真冬の海端、朝7時ごろから港の凍り付いたアスファルトの上、ステージ設営の仕事。止まない海風に、永遠と吹かれながらの作業。何枚服を重ね着すればベストか、とか、首巻きは意外に蒸れて暑いぞ、とか考えたりしながら、こういう体験をしないと、肌で感じれない温度がある。休憩でもらった缶コーヒーは、温かいものか、冷たいものか、解らないほど手がかじかんでいたけど、寒いだけに、人が近くにいるだけで、温かい気がした。もっと寒い、マイナス何十℃の世界を経験した事がないし、強くは言えないが、冬は好きだ。(2月6日)