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うたかた日誌

好きに、書いてます。

海のぬし 山のぬし

以前、それぞれの場所のぬし達に出会った事がある。

海のぬしとは二度も会っている。どちらも夜釣りをしていたときの出来事だった。暗く静かな夜の港の中、今まで経験したことのない重みを竿先に感じた。ずっしり重くなった仕掛けを力一杯どうにか水面近くまで引き寄せ、その姿を目にした瞬間、わたしは興奮が止まらなかった。それは真っ白な背と腹をくねらせ、長い胴体を見せつけると頭から尾っぽにかけて重く左右に大きく動きはじめた。一瞬の出来事だったが、それは水面で美しく眩しい輝きを放った姿だった。短いやり取りの中、もうわたしの竿と糸は限界だった。目の前でブチっと糸が切れる音がして呆然とした。それは暴れることなく、わたしの目の前を落ち着いて悠々と泳ぎ出すと、夜の暗い港の底へ潜っていった。

わたしにはぬしの声が聞こえた。「おまえには、わしをつり上げるのはまだ早かろう。」

それは二度目も同じことだった。

 

夜の帰り道、車で山を下っているときにそれと出会った。

完全に道を塞ぐ巨大なその物体は、はじめ大きな木の根っこがゴロリと転がっているようにも見えたが、よく見ると白く鈍く光る大きな牙に、ギロリとした銀色の鋭い目に銀色の艶々した毛に覆われた生き物だった。わたしはそれと目が合いその全体を見た瞬間、何百年とここで生き続けもう役目を終えてしまいたい、そういう嘆きをなんとなく感じた。全体を支えきれなくなった足を引きずり、それでも白く煌々とさせながらも茂みに姿を消した。少し気が弱まっているように感じた。

 

それぞれ共にとても美しい輝きを放った姿が、わたしの目には写った。どれも一瞬の出来事だったが、もし更に長く関わり合うことが出来たのなら、どんなに美しいことかと考えてしまう。動物と人間、それぞれの場所でそれぞれの暮らしがあるからこそ、お互いに良い距離を保ちたい。相手に間違った近寄り方をして長く関われば、持っていない部分を分かち合うことで、もう何者なのかもわからなくなっていく、そんな気がした。

この出来事で、もし海のぬしをつり上げてしまっていたら、もし山のぬしにぶつかってしまっていたら、わたしか一緒に居た村重さんがその場所のぬしになるしかなかったのかもしれない。まだまだ留まる事はできないし、まだまだ旅に出たいので、そうならなかったことに安心した。もし交代する日が来てしまったとしたら逆らうべきではないが、いずれにしても決してぬしを阻害してはならないのだ。

こんな勝手なことを言いつつ、その者たちと共に、夜の静かな港の中を肌を剥き出しにして泳ぎ、月明かりの下、目を光らせ山をかけずり回り、次第に何者でもなくなっていく自分の姿を想像した。

 

(ミワヨシカズ)